焼酎の歴史

15世紀の蒸留技術伝来から現代のブームまで。日本の蒸留酒文化500年の歩みを辿ります。

蒸留技術の伝来

蒸留技術の起源はメソポタミアにまで遡るとされ、アラビア世界で発展した後、東西に伝播しました。日本に蒸留技術が伝わったルートについては複数の説がありますが、主に以下の3つが有力です。

シャム(タイ)・琉球ルート

15世紀、琉球王国(現在の沖縄)は東南アジアとの中継貿易で繁栄していました。シャム(現タイ)との活発な交易を通じて蒸留技術が琉球に伝わり、泡盛の醸造が始まったとする説です。泡盛がタイ産インディカ米を使用することは、このルートの裏付けとされています。その後、琉球から薩摩(鹿児島)を経て九州各地に蒸留技術が広がったと考えられています。

朝鮮半島ルート

14〜15世紀に朝鮮半島から対馬・壱岐を経由して九州北部に蒸留技術が伝わったとする説です。壱岐の麦焼酎が500年以上の歴史を持つことから、このルートも有力視されています。

中国・東シナ海ルート

中国南部の蒸留酒文化が東シナ海を通じて九州に直接伝わったとする説もあります。

いずれのルートにおいても、蒸留技術は15世紀頃に九州南部と琉球に到達し、各地の原料と風土に合わせた蒸留酒文化が発展していったと考えられています。

焼酎の歴史年表

15世紀

蒸留技術の伝来

東南アジア・琉球ルートまたは朝鮮半島ルートで蒸留技術が日本に伝わる。琉球で泡盛の醸造が始まる。

1470年頃

琉球王府による泡盛管理

琉球王府が泡盛の製造を統制し、首里城周辺の首里三箇(崎山・赤田・鳥堀)に醸造を集中させる。泡盛は王府の重要な交易品・外交品として管理された。

1546年

ポルトガル商人の記録

ポルトガル商人ジョルジェ・アルバレスが日本人について「米から造る蒸留酒を飲んでいる」と報告。日本の蒸留酒に関する外国人による最古の記録の一つ。

1559年

「焼酎もおこれ」の落書き

鹿児島県伊佐市の郡山八幡神社で、社殿改修に携わった大工が柱に落書きを残す。「座主がケチで焼酎もおこれぬ(焼酎もふるまってくれない)」。永禄2年8月11日の日付があり、「焼酎」という文字の日本最古の記録。この時代に既に南九州で焼酎が日常的に飲まれていたことを示す。

1609年

薩摩藩の琉球侵攻

薩摩藩(鹿児島)が琉球王国に侵攻。以降、琉球の泡盛技術が薩摩に流入し、さつまいもを原料とした芋焼酎の発展につながったとされる。

17世紀

さつまいもの伝来と芋焼酎の誕生

さつまいも(甘藷)は1597年に中国から琉球に、1705年に薩摩に伝わった。水はけの良い火山灰土壌のシラス台地では米の栽培が難しく、さつまいもが広く栽培された。これを原料に芋焼酎が造られるようになり、鹿児島の焼酎文化が確立されていく。

1918年

白麹の発見

河内源一郎氏が黒麹菌の培養中に白い胞子を持つ突然変異株を発見。「河内菌」として命名され、白麹の使用が本土の焼酎造りに革新をもたらす。黒麹と同等のクエン酸生成力を持ちながら、取り扱いが容易であった。

1951年

酒税法の改正

現行の酒税法が制定され、焼酎は「甲類(連続式蒸留)」と「乙類(単式蒸留)」に分類される。後に乙類は「本格焼酎」の呼称が認められる。

1953年

奄美群島の日本復帰と黒糖焼酎

12月25日、奄美群島が米国統治から日本に復帰。それまで奄美で造られていた黒糖酒を酒税法上の特例措置として「焼酎」と認定。米麹の使用を条件に、奄美群島のみで黒糖焼酎の製造が認められた。

1973年

そば焼酎の誕生

宮崎県五ヶ瀬町の雲海酒造が世界初のそば焼酎「雲海」を発売。蕎麦を蒸留酒の原料とする試みは日本初であり、焼酎の原料の幅を大きく広げた。

1970年代後半

第一次焼酎ブーム

大分県の三和酒類「いいちこ」と二階堂酒造「二階堂」が、減圧蒸留による軽やかな麦焼酎を全国展開。「下町のナポレオン」のキャッチコピーと洗練された広告戦略が話題を呼び、焼酎が全国区の酒となる第一歩となった。

1995年

GI(地理的表示)制度の導入

WTO(世界貿易機関)のTRIPS協定に基づき、「壱岐」(長崎県壱岐の麦焼酎)、「球磨」(熊本県球磨の米焼酎)、「琉球」(沖縄県の泡盛)がGI(地理的表示)に指定される。日本の蒸留酒として初の国際的な産地保護。

2002年

「本格焼酎」表示の普及

業界団体が「乙類焼酎」に代わる「本格焼酎」の呼称を積極的に使用。単式蒸留による原料の風味が残る焼酎の価値を訴求する動きが広がる。

2003年

第三次焼酎ブーム(ピーク)

芋焼酎を中心にプレミアム焼酎の人気が爆発的に高まる。「森伊蔵」「魔王」「村尾」のいわゆる「3M」が入手困難となり、プレミア価格で取引される。この年、焼酎の出荷量が日本酒を上回り、日本酒との逆転が大きなニュースとなった。

2005年

GI「薩摩」の指定

鹿児島県(奄美群島を除く)の芋焼酎が「薩摩」としてGI指定される。国際的にも「Satsuma」ブランドが保護されることに。

2010年代〜現在

多様化と海外展開

クラフト焼酎、原酒ブーム、樽貯蔵焼酎など、焼酎の多様化が進む。海外への輸出も増加し、「Shochu」としての認知が広がりつつある。沖縄では泡盛の古酒文化の復興や、新しい飲み方の提案が進む。

泡盛600年の歴史

泡盛は日本最古の蒸留酒として、本土の焼酎とは異なる独自の歴史を歩んできました。

15世紀の琉球王国は、中国・東南アジア・日本を結ぶ中継貿易で繁栄していました。シャム(タイ)との交易で蒸留技術とインディカ米がもたらされ、琉球の気候に適した黒麹菌と組み合わさって泡盛が誕生しました。

琉球王府は泡盛を国家の重要な財産と位置づけ、首里城周辺の首里三箇に製造を限定しました。泡盛は中国への進貢品や薩摩藩への献上品としても用いられ、外交上の重要な役割を果たしました。

1879年(明治12年)の琉球処分(沖縄県設置)後、泡盛の製造は自由化され、民間の酒造所が増加しました。しかし第二次世界大戦の沖縄戦で多くの酒造所と、百年以上熟成された貴重な古酒が失われました。戦後、米軍統治下で泡盛産業は徐々に復興し、1972年の本土復帰を経て現在に至ります。

詳しくは泡盛の専門ページをご覧ください。

GI制度と地域ブランド

GI(Geographical Indication / 地理的表示)は、産地の自然条件や伝統的製法と結びついた品質を持つ酒類の名称を法的に保護する制度です。

GI名指定年対象地域種類特徴的な条件
壱岐1995年長崎県壱岐島麦焼酎米麹1:大麦2の比率、壱岐島内で製造
球磨1995年熊本県人吉市・球磨郡米焼酎米と米麹のみ使用、球磨地方で蒸留・瓶詰め
琉球1995年沖縄県泡盛黒麹菌使用、沖縄県内で製造
薩摩2005年鹿児島県(奄美除く)芋焼酎鹿児島県産さつまいも使用、県内で製造

これら4つのGIはいずれもWTOのTRIPS協定に基づく国際的な保護を受けており、指定地域外でこれらの名称を使用することは禁止されています。ボルドーワインやスコッチウイスキーと同等の国際的な産地保護です。

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